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映画『江戸上り』のポスター1609年(慶長一四)、琉球は薩摩藩の侵攻によりその支配下に置かれた。
琉球国王であった尚寧とその一行は駿府の家康公、江戸の秀忠公に謁見のため二千キロの旅にでることになる。行程の厳しさとは裏腹に家康公と秀忠公に一国の王として厚くもてなされたという。
江戸上り一行の規模はおよそ百人前後で、薩摩藩士らを加えると数百人の大行列になった。江戸上りの琉球人は見るからに異国人であった。中国風の衣装を身に着け、路次楽(ろじがく)を奏しながら行くこの行列は各地の沿道の人々にも大変な人気であった。江戸城と薩摩江戸屋敷では、この座楽と舞楽が披露されていたとされ、三田、「芝さつまの道」は琉球にとって『江戸上り』の象徴であった。
それは江戸幕府と薩摩藩にとっても他国を支配する権威を象徴するものであり、琉球にとっても国の文化を披露する重要な機会でもあった。
使節団は、薩摩藩邸や江戸城内では御座楽(うざがく)の演奏や舞踊などの琉球芸能を披露した。そのために同行する十五歳ほどの楽童子や楽師たちの役割は大きく、その人選や音楽舞踊の訓練も厳しかった。
琉球は古くから武力での外交を廃し、芸能文化の交流や貿易で国を栄えさせてきた。『江戸上り』は、その芸能の枠を集め披露したものといえる。 今、『江戸上り』の芸能の資料は乏しく、当時を描いた絵巻物や古くから残っている沖縄の音楽や舞踊、神事の舞、そして当時交流のあった中国に伝わる音楽などを総合して紐解くしかない。しかし、様々な人の手によって、「唐躍」(とうおどり)を加えて2011年2月26日に東京日本橋三越劇場での公演を企画している。現代に蘇るまさに《江戸上りの160年の時を越えた再現》となるのである。

